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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和37年(う)134号 判決

控訴人 被告人 和中照夫

検察官 高橋雅男

主文

原判決中、有罪部分を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。

押収にかかる腕時計九個(証第一号乃至第三号、第五号乃至第八号)は、これを没収する。

被告人から金二一三、三〇九円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松井昌次作成名義の控訴趣意書記載のとおり、事実誤認の主張であるから、ここにこれを引用する。

所論は要するに、原判決は被告人から金一、一一二、九八三円を追徴し、その理由として、うち金九四四、九〇〇円については、被告人が境惇から同額の販売代金を受領したが、これを没収することができないから、刑法第一九条第一項第三号第二項第一九条の二により、その価額を追徴する旨説示しているところ、右代金は原判示第一の如く、被告人が池田某外一名から、販売の委託を受けた密輸入時計の代金として受領したものであるから、当然委託者に帰属し、被告人が犯罪行為によつて得たものではない。却つて被告人の受領当時以降、犯人以外の者に属するものである。然らば右金銭は、本来没収し得ないものであり、従つてその価額は、追徴し得ないものであるのに拘らず、これを追徴した原判決は、これ等没収追徴の要件事実を誤認したものとして、破棄を免れない、と言うのである。

よつて先ず、所論委託販売代金が被告人の受領時において、被告人と委託者とのいずれに属するかを考察するに、記録を精査しても、本件委託販売が被告人の名を以てなされたものか、或は委託者を代理してなされたものか、必ずしも明らかでない。およそ物品の委託販売が委託者を代理してなされた場合においては、その代金は受託者が相手方から受領すると同時に、委託者に帰属すること当然であるが、受託者の名を以てなされた場合においても、その代金を一旦受託者の所有に帰せしめることは、むしろ例外に属し(商法第五五一条第五五二条第二項参照、民法第六四六条第二項もこの解釈の妨げとならない)、特約又は特殊事情のない限り、その代金は受託者の受領と同時に、当然委託者に帰属するものと解すべきものである(昭二八、四、一六最高裁判決、集七巻九一五頁参照)。而して本件においては、委託販売代金を被告人が受領すると同時に、一旦これを被告人の所有に帰せしめることの特約も特殊事情も、これを認め得べき証拠がないから、その委託販売が被告人の名を以てなされたと、委託者を代理してなされたとを問わず、被告人受領の代金は、当然委託者に属するものと言わなければならない。よつて被告人の受領時における本件委託販売代金が刑法第一九条の没収要件に該当するか否かを検討するに、原判決挙示の証拠によれば、右代金は同条第一項第三号に所謂犯罪行為によつて得た(占有取得)ものに該当し、而もその委託者池田、島中の両名が被告人の犯行の共犯者と目すべき者であるから、犯人以外の者に属しないものと言わなければならない。然らば被告人の受領直後における本件委託販売代金は、一応刑法第一九条所定の没収要件に該当したものと言うべきであり、これと反対の見解に立つ所論は、採用し得ないものである。併しながら、右代金は共犯者の所有に属するものであつても、起訴を受けない第三者所有の財産であるから、これを没収し、或はその価額を追徴するについては、特に憲法第二九条第三一条に違背しないかを考慮しなければならない。すなわち、第三者の財産は、共犯者の財産として、刑法第一九条の没収要件に該当する場合においても、更に憲法第三一条に従い、当該第三者に訴訟告知、聴問の機会を与えなければ、他人(例えば本件被告人)に科すべき附加刑としても、これを没収し得ないものと解すべきである(昭三七、一一、二八。同、一二、一二。同、一二、一九各最高裁大法廷判決参照)から、本件委託販売代金を没収することが、憲法第二九条に違反すると否とを問わず、同法第三一条違反として、許されないものと言わなければならない。而してその没収が違憲であるときは、右没収に代る追徴もまた、権衡上違憲であるとの解釈が当然成立し得る(前記最高裁判決参照)のであるから、本件委託販売代金の価額を追徴した原判決は、追徴に関する法令の解釈適用を誤り、それが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、到底破棄を免れない。

なお職権を以て調査するに、原判決は法令の適用として、押収にかかる腕時計一〇個(証第一号乃至第八号)は、いずれも本件犯行にかかる貨物であるから、関税法第一一八条第一項により、これを没収すべく、なお判示第一別表(1) (2) (3) (4) (15)、第二の事実にかかる貨物(そのうち、右没収物を除く趣旨)は、没収することができないから、同条第二項により、その価額を追徴する旨説示し、その旨主文で宣言しているが、右没収及び追徴中、証第四号の腕時計一個を没収し、且つ右別表(1) (2) (3) (4) (15)の犯行にかかる貨物の価額を追徴する点は、違法である。すなわちこれ等貨物を対象とする犯行は、いずれも被告人が関税逋脱品である他人所有の腕時計を委託販売して、処分の媒介をしたものであること、原判示のとおりであるから、その貨物は本来関税法第一一八条第一項により、これを没収すべきものであるところ、記録によれば、前記証第四号の腕時計一個は、原判決別表第一4の犯行にかかる貨物の一部であつて、現にその買受人勝守孝次の所有に属していること及び同人は右貨物の没収追徴関係につき、訴訟告知、聴問の機会を与えられていないことが明らかであるから、上来説示するところと同一理由により、手続上、本件被告人に対する附加刑として、右証第四号の腕時計一個を没収することも、或はまたその価額を追徴することも、ともに許されないものと言わなければならない。次に叙上の押収物件以外の貨物(原判決別表第一1・2・3・4・15・17の犯行にかかるもの)については、その買受人である井本重太郎及び勝守孝次において、被告人不知の間に、各自これを他に転売し、現にその所有者が不明であるか、或はこれが分明していても、右貨物が関税法上の犯則物件であることにつき、善意者であるか、又は悪意者であつても、訴訟告知、聴問の機会を与えられていない等のため、法律上又は事実上、没収不能となつたものであることが、記録上明らかである。然らば関税法第一一八条第二項により、本件被告人から、その価額を追徴しなければならないようでもあるが、これを仔細に検討すれば、右没収不能の原因は、被告人の責に帰すべき事由に当らないばかりでなく、当該貨物に代るべき利益を、いささかも被告人に遺していないから、それが形式上同項の要件に該当するという一事を以て、その価額を追徴することは、憲法第二九条に違反し、許されないものと言わなければならない。従つて右関税法第一一八条第二項の規定を合憲的に解釈するとすれば、本件の如き没収不能の原因が同項に所謂「犯人」の責に帰し得ない事由に当り、且つ当該貨物に代るべき利益を「犯人」に遺さない場合においては、むしろ同項の適用がないものと解すべきである。而してこの点については、右「犯人」が当該貨物の所有者でない場合には、追徴を科すべきでないと解する見解があり、当裁判所これに必ずしも左袒し得ないが、同項の適用を合憲的に制限しようとする右見解の趣旨は、これを理解し得るのである。これを要するに、原判決別表第一1・2・3・4・15・17の各犯行にかかる貨物中、押収物件以外のものについては、関税法第一一八条第二項により、その価額を追徴することが許されないばかりでなく、刑法第一九条の二の追徴要件にも当らないから、同条によりこれを追徴することもできないものである。然るに原判決は敢えて前記証第四号の押収品を没収し、且つ原判決別表第一1・2・3・4・15・17の各犯行にかかる貨物中、没収品以外のものの価額を追徴しているのであつて、これは没収及び追徴に関する法令の解釈適用を誤つたものであり、原判決はこの点においても、破棄を免れない。

よつて本件控訴は、結局において理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決をする。

原審が証拠により、適法に認定した原判示罪となるべき事実を法律に照らせば、被告人の原判示各所為は、いずれも関税法第一一二条第一項に該当するから、所定刑中懲役刑を各選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条に則り、犯情により、最も重いと認める原判決別表第一16の罪の刑に、法定の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役一年に処し、更に同法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。なお押収にかかる腕時計九個(証第一号乃至第三号、第五号乃至第八号)は、原判示の如く、本件犯行にかかる貨物であり、而も本件記録によれば、その所有者勝守孝次は、これが悪意の有償取得につき起訴され、第一、二審を経て、目下上告中であることが明らかであるから、同人はこれ等貨物の没収追徴につき、すでに聴問を受けているものであること、同人はその第一審において、右貨物に対する没収の言渡を受けたが、目下その裁判は未確定であること、を各認定し得るから、関税法第一一八条第一項により、本件被告人に対する附加刑として、右押収品を没収すべきであり、更に原判示第二(別表第二)の保管犯にかかる各貨物については、原判決挙示の証拠によれば、右保管当時、被告人の所有物であつたが、その後被告人から他人へと順次有償で譲渡され、押収にかかる腕時計二個(証第八号)の外、これを没収することができない(没収不能の原因は、前叙の如く、現所有者の不明、善意取得、悪意取得者に対する聴問の機会を与えていないこと等である)こと明らかであるから、同条第二項により、右押収品以外の貨物の犯行当時の価額合計金二一三、三〇九円(原判決別表第二の鑑定価額すなわち、記録第二冊第四四丁以下の犯則物件鑑定書(10)記載の「関税法第一一八条の追徴額」は、現品を見ないで調書等を総合して推定による鑑定をしたのであるが、叙上の証拠上認め得る実際上の取引価額は、右鑑定額よりも平均一割方以上、上廻つていることに鑑み、右鑑定額の一割引として本件貨物の犯行時における価額を算出した)を追徴する(なお以上の没収及び追徴の対象とならない貨物及び委託販売代金につき、没収も追徴もなし得ないことは、原判決破棄の理由として、上来説示するとおりである)。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山田義盛 判事 堀端弘士 判事 立沢秀三)

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